たまに珈琲ネタなど…コーヒーの日目前

 

10月1日の珈琲の日に関しての連投を少し。もともと某SNSでコーヒーなどのことについて書いていたノート「アロマ生活」をこちらでも再投稿します。

 

さて、珈琲好きとしては、ついつい名店や最先端の焙煎など、気になるところですよね。

 

しかし、1970年代、当時自家焙煎店が少しづつ当時の浅煎りの流行の中、焙煎の持つ意味を確認しつつその歴史を開始したころ、まだまだコーヒーは今以上に嗜好品で、なにせ日本人の繊細さは、物不足にマッチしていたようで、インスタントにさえ「違いがわかる」までな状態でしたから。

 

一方で、それでもインスタント以上にその香りを楽しみたい方には、当時はやったサイフォンだとか、もっと言えば、コーヒーメーカーの業務版で入れただけのお店でも、充分に贅沢な薫りを味わうことができたようなのです。そういったなんの変哲もない、喫茶店、扉を開くとカランコロン、ソファーは決まってビロード生地で、カウンターがあり、常連が新聞を読みながら珈琲をすする…そんなお店です。

 

 

そういったお店がどんどんと現在閉店しつつあります。私にとっては、こういったお店も珈琲を支える大事な歴史の一つ。

 

 

そんなお店のエピソードについての「アロマ生活(第二回)」の再掲載です(こちらのブログでは初投稿ですが)。

 

-------以下日記----------------------------

アロマ生活(2)

投稿日2011年11月13日 23:54

 

 さて、豆もしくは、豆屋さんとの出会いについて書くと予言したのですが、ちょっとずらして、喫茶店の思い出…カフェでもなく、ましてやcafeでもなく、喫茶店です。

そう、入口に入ると、カランコロンと音がしたり、カウンターがあってそこでサイフォンの中のお湯がポコポコ沸騰していたり、マスターがチェックのベストを着ていたり、テーブル席の椅子がベルベット調な生地の張っているちょっと低めのソファーだったりする、そんな感じのお店についてです。

 

 私は、最初札幌市北区北27条西4丁目というあたりにすんでいたのですが、事情により19条西4丁目に移動します(実はそこが、逢坂誠二さんと同じ下宿だったと、大家さんが作った逢坂さんコーナーでわかったんですが)。ここに結局10年以上いたかもしれません。引っ越すとき、いつ出ていくのかと心配していたと大家さんがおっしゃってました。

 

 ここの自宅から、比較的近くの喫茶店で、ニードルというお店がありました。某Kコーヒーの看板がありましたから、自家焙煎ではないなと(つまり豆にこだわっているわけではないと)思いましたが、そのお店の外見につられてついつい入っていったのです。そのお店、入った時期が夏から秋にかけてだったと記憶しますが、なんと、つたで、緑色に見えるほど。しかしお店の外観は西洋風で三角屋根のこれまた味がある。「何かある」と思うと、入らずにいられない…。

 

 しかも近寄ると木造なのです。そしてその外壁に食い込むようにつたの一部が板を穿っています…ますます入らないわけにはいかない。

 

 入りましたら、ちょっと個性的ですが落ち着いた内装。中には当時60歳ほどの実直そうな男性の方がお店をまもっておりました…。メニューを一瞥、「ホットを一つ」。そうです、メニューにも何の個性もなく、つらつらと控えめな、そうあまりにも控えめで、これまた私の住んでるところから東にひとしきり移動したパイン館というメニューの多さを競い合うかのようなお店の対極にあるぐらい控えめの、そのメニューの中から、私が選ぶ唯一の選択肢なのでした(というか選択のしようもないほどでした)。ひょっとして、ボーンチャイナか何かのカップが出るのでは…もちろんそんなこともありません。

 

 お店の外観は非常に個性的だが、今のところコーヒーにも、お店のご主人にも個性を感じない、そんな「なんでだろう」というオノボリさん的な私の興味本位の様子をうかがったのか、実直で無口なご主人が、空いたコーヒーのカップを下げながら、ポツリポツリとお話ししてくれます…「うちなにも特徴ないでしょう?…」。聞けば、外観に誘われて、私のようなオノボリさん的なお客は来てそわそわしてるのはよくあることだそうです。そして詳しくお話を聞くと、奥様が喫茶店に興味がありお店を始めてしばらくたって、急逝されたと。そして自分としては、仕事ばかりで奥さまに対し何のプレゼントもしてこれなかったと。せめて、亡くなった伴侶のお店を自分が元気なうちは続けていきたいと…こういうお話しでした。

 

 私は、嗚呼なんとおのぼりさんで、残酷な人間だろうと、そしてのんきな人間であろうと、そう思いながら、お店をあとにしました。その後数回は、そのお店に立ち寄ることもあったのですが、なぜだか、常連にはなれませんでした。でも未だになんとなくそのお店の話が忘れられません。なぜ忘れられないのでしょう…大体は自分の癒しを求めて喫茶店に行くのですが、その喫茶店の店々で、店主の物語が一つ一つあるのかと、そう思う、切っ掛けになったからでしょうか…もちろん客として楽しんでほしいという店主からすれば、全く客側の余計なお世話、もしくは妄想なのですけれど、私がcafeやカフェよりも喫茶店を愛している、何かその原点的な出会いがそこにあったような気がしているのでしょうか…。

 

 とにかく今でも、メガネをかけて無口にポツリポツリ話す、ニードルというお店の店主代行が、忘れられないのです(その2,3年後どうも娘さんに譲りその土地には民家が立ってお店は無くなりました…)。