密林通信(書評です):渡邉英徳( @hwtnv )さんの新著『データーを紡いで社会につなぐ』

 広島アーカイブ等でご活躍されている、首都大学東京渡邉英徳さん(特にネットでのやり取りを最近しただけなのに「さん」ずけですみません)が新刊を出されるということで、早くから密林様に予約していたのですが、発送先を職場にしていたために、休みなどと重なったせいか、手許に届いたのが今週の水曜日。ところが水曜は授業が寿司詰でして、やっと昨日読めた次第。

 

 その前にヒロシマ・アーカイブはといいますと、渡邉さんの研究室のサイトで公表されているイメージ動画がようつべ様にございますので、こちらをご覧ください。

http://www.youtube.com/v/f-q00isamvs?feature=youtube_gdat...

 渡邉さんは、元々は建築の専門家だったそうですが、現在では、情報アーキテクト(情報の建築士とでも申しましょうか)というお仕事を様々な分野で手掛けられており、ヒロシマ・アーカイブもその一つ。主にはグーグルアースなどの「デジタル上の地球儀」や「地図」等の位置情報に「多元的デジタル・アーカイブ」と呼ばれる、提供元の異なる資料群を「記憶のコミニティ」と呼ばれる一つの事象やテーマにそって資料個々の内容とその関連性を共に知ることができる手段を開発されています。

 

 で、この新刊では、前半で、これらの開発されたアーカイブ・シリーズと呼ばれる作品群が立脚しているwebの世界での大きな流れとして、二つのキーワード、「ビッグデータ」と「オープンデータ」を解説しつつ、それらのキーワードの背景にあるwebの発想をふまえた上で、渡邉さんご自身が研究にかかわられてきたおよそ10数年間のキャリアを振り返りながら、最近の仕事である代表的なアーカイブ・シリーズが開発されてきた経緯が説明されていきます。

 

 

 で、思ったんですが、これ間に合うなら情報系の基礎科目の次年度一年生の教科書、もしくは副読本にしようかな…などと思った次第。なぜかというと理由が少なくとも3っつ。

 

 理由一。 説明が丁寧でわかりやすい。読者層を文系高校生でもよめる、という点に設定されていることもあるんでしょうが、非常に丁寧に解説されていること。

 

 理由二。 「ビックデータ」と「オープンデータ」という近年、注目すべき新たなる「社会把握」もしくは「社会実践のための行動把握」の手法についての解説で、特に、「ビックデータ」の解説部分で、この手法の危うさというかこの言葉が飛び交う裏側で蠢(うごめ)く正当と不当の境界線上の部分についても、なんとなく目配りされている渡邉さんの温度差が表現されており、その点も含めて読者に伝わるであろうと思ったこと。

 

 理由三。 この著書全体を通じて私が感じたことなんですが、これらアーカイブ・シリーズの作成によって、渡邉さんやそのお仲間の方々が、テーマ通り「社会につながっていく」実感的な部分が語られているような気がしていて、そういった点で、ある意味読者の(この場合学生の)職業観的なものに対する刺激になる、もしくはそれを誘発する、そういう点があるように思えたからです。

 

 以上三点以外にも、311以降のwebの世界で、SNSなどを窓口として知名度が上がって人口が増え、より生活に密着した形にweb世界が進化した様な体感と、またそれゆえなのか一方でその住人同士の窮屈さのような状況の認識など、私が漠然と思っているような点を渡邉さんの様な専門家の方もお感じのようで、このような点もデジタルネイティブ世代の学生に知ってほしかったなというところもあります。

 

 

 少し思うのですが、最近、私よりも数年お若いのに、建築系出身の方々の(例えば他には山崎亮さんなど)、おもに社会科学的な分野における貢献というのが、素晴らしいなと。正直、これらの方の仕事をふまえて、我々「文系男子」の宿題を自身が果たしているか、などと愚考する次第(力もないので大したことはできないのですけれど)。非常に刺激になるわけです。

 

 どうしてそうなのか…これは以前ブログにも書いた、丹下健三展で思ったことなのですが、仕事の面でもスタイルもある意味エスタブリッシュメントともいえる丹下健三が、香川県庁では、「民主主義」という抽象的かつ当時の日本ではイノベーティブな価値感を、県庁舎という建物の実現によって「形にした」、もしくは思想を「封じ込めた」、そういった仕事が建築士のお仕事なのかと。それゆえ渡邉さんも「アーキテクト」という点にこだわっておられるのかなと思ったわけです。

http://blog.livedoor.jp/apoly1998/archives/51963925.html

 

 

 何より面白いのは、当初の情報的なアプローチの入り口が、一つの製図の表現方法というところから出発し、新しい表現方法で製図作成すること自体が目的であり価値であった、そういった時代を経験されていたという点でしょうか。現在では、「記憶のコミュニティ」というものをどのように編み込んでいくのか、かなり目的論的なところにウエイトを置いてのアーカイブ化に取り組まれてきたように思いますが、そのあたりに食い込んでいくというか引き込まれていった経緯も興味深かったですね。

 

 

 ヒロシマといえば、ある広島市内で当地の伝統工芸を何代も継承されている方から伺った話を思い出しました。広島では、ハチロクの日と呼ばれる8月6日、その方は「ゼロからの復興○○年目」という様なことを耳にすると何とも言えない複雑な心境になったそうです。なぜなら広島市ヒロシマ以前は、江戸時代から築かれた文化的なコミニティが形成されているところがあり、それらの8割はヒロシマで失いながらも、残りの2割程度は、細々と、本当に細々と物資不足の中かなりご苦労がありながら継承されてきたんだと。それと別にわゆる復興期の建築ブームの際に関西中心にヒロシマ以後の広島に移住された方々が作り上げてきた反映を否定するわけではないと。しかしながら自分たちを支えてくれた2割のコミニティがある限り、「ゼロからの復興」とは思ってほしくない…こういった「線引き」といいましょうか地域内の格差の問題にも渡邉さんの実践も迫っていきます。

 

 今後も渡邉さんの活動ではきっといろいろと興味深いことに取り組んでいかれるんでしょうが、アーカイブという点でそれを基盤として、シェアを横に広げていく作業と、先ほど振れた皮膚感覚でその情報が置かれているレイヤーの凸凹を確認する作業、こういった点で今後どう発展されていくのか、はたまた我々社会科学系の研究はこういうような情報アーキテクトの成果をふまえて、どのような「作品」を手掛けていけるか…前回どこかでブログで紹介した、ジャーナリストの津田大介さんのコンテンツ論ではないですが、「コンテクストにこだわり続けて継続していくこと」が、渡邉さんの本でも刺激になった点でしょうか…あ、いかんそろそろ寝なくては…というか密林でさまよって、私こそ密林の「マイマップ」がほしい今日この頃です。

http://blog.livedoor.jp/apoly1998/archives/51973644.html